TPIS・8月号(学生援護会)
TPIS interview (20)
□ネーミング&コピーライター
岩永嘉弘
今はネーミングの転換期。
広告の役割まで担っている
ネーミングによって、商品の売れ行きは大きく左右される。岩永嘉弘氏は30年前から広告の現場で、ネーミングに特化した仕事を続けている。代表作の『MY
CITY』『ASTEL』『ioーカード』『からまん棒』『saita』などは、もはや私たちの生活の中にとけ込んでいるといっていい。自らを「ネーミング職人」という岩永氏に、ネーミングと時代との関わりについて伺った。
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----かつて岩永さんが、洗濯機に『からまん棒』という名前を付けられたときは、とても強烈な印象でした。
それまで家電製品というのは、贅沢品の一種で、テレビの名前は『嵯峨』『太陽』『高雄』など重々しく、洗濯機にしても『銀河』『うず潮』『びわ湖』と抽象的でした。'82年に日立の『青空』シリーズのセカンドネームとして考えたのが『からまん棒』。これは家電製品の性能をネーミング化した初めてのもので、非常に売れたんです。この頃から斬新なネーミングが、売り上げに多大な効果をもたらすという認識が、メーカーに生まれました。
後から振り返ると、『からまん棒』が出たころは、家電製品の数が増え、各社とも性能で差別化を打ち出さなくてはならない時期だったんですね。ネーミングの傾向が変わるときは、商品の転換期、時代の転換期だといえます。
ネーミングというのは商品企画であり、経済活動に深く連動しています。それは景気との関連性を見てもわかる。これまでネーミングブームは何回かありましたが、必ず不景気の時に起こる。オイルショックのときも、僕のところにネーミングについての取材がずいぶん来ました。
----不景気のときに、なぜネーミングがブームになるのですか?
景気が悪くなると、物が売れないから、次々と新商品が出される。とにかく目先を変えて刺激を与えて、売らなくちゃいけないからね。しかし、広告費はかけられない。大きな会社でも、広告を打つのはせいぜい新商品でしょう。他の商品は、初めから広告しないものとしてこの世に生まれてくるわけです。
では、そんな商品をどうやって消費者に知ってもらうか?そう、名前です。どんな商品にも名前を付ける必要がある。しかも、広告を打てないのだから、パッケージを一目見て、どういう商品なのかがわかる必要があるんです。『一番搾り』などは、搾りたてのビールであると同時に自分が一番だと一言で主張しています。
----最近は『甘栗むいちゃいました』とか『じっくりコトコト煮込んだスープ』など、やたらに長い商品名、説明的な商品名が増えていますね。
テレビやポスターなどで広告してもらえない商品は、店の棚で自らアピールしなければならないから、パッケージ勝負となる。そこで商品名そのものを説明的にしてしまう。僕らはこれを“パッケージの広告メディア化”“ネーミングのキャッチフレーズ化”といっています。
これには2つの傾向があって、1つはいいたいことを全部言う長いネーミング。『じっくりコトコト〜』などはそのいい例ですね。商品の説明をする取扱説明書的な意味を持ちます。
もう1つが、呼びかけ型で、おもしろく語りかけるタイプのもの。『あ!あれたべよ』『すきやねん』『なっちゃん』などがそうです。元祖は『お〜いお茶』あたりでしょうか。『甘栗むいちゃいました』は2つの要素を兼ねたネーミングといえます。
これらは、商品がスーパーマーケットやコンビニに置かれることを想定したネーミングなんです。消費者は陳列棚で初めてその商品と出会う。広告で見て名前を覚えて買いに行くわけではないので、覚えにくい長い名前でもいいわけですね。
また、呼びかけ型が流行るのは非常に現代的な理由もあります。スーパーマーケットやコンビニでは店員と言葉を交わすことはありません。いわゆる“無口の流通”の中にいるわけです。そんな場所で、温かい呼びかけ言葉が目に入ってくると心が癒されるんです。黙ってレジに差し出すので、商品名を口に出すこともない。だから、『甘栗むいちゃいました』なんて、恥ずかしい名前でもいいんですよ。今は地方も都会化して、コンビニが増えていますから、全国的にウケるわけです。
----非常にさまざまな意味が、ネーミングには込められているわけですね。
現在は、ネーミングに手練手管が求められている時代といっていいでしょう。高度成長期は、商品の名前は抽象的なものが多く、車は『スカイライン』『ブルーバード』など、かっこよければよかった。その代わり、キャッチフレーズに名文句が多かったですね。「不思議大好き」とか「おいしい生活」とか、豊かな生活を表すフレーズがあった。でも、今は名文句は消え、ネーミングにゆだねられる傾向があります。
----今後ネーミングは、どのように変わっていくと思われますか?
景気次第ですが、抽象的な記号っぽいものに戻っていくのではないかと思います。これは僕の希望でもあります。今はいい広告が少ないし、商品の数も多すぎる。おもしろいネーミングが氾濫するのではなく、厳選された商品を、じっくり売っていくマーケットの中で、人生の豊かさを語るような、ネーミングや広告が求められていくのではないでしょうか。