消費爛熟の時代にさらに増すネーミングの重要性をコピーの第一人者が語る
商品の洪水のなか
生き残るネーミングとは?
産業構造の多様化に加えてIT革命。現在ほどあふれかえるモノの名前に圧倒される時代はない。長引く景気低迷のなか、誰もがニーズを模索して、それらに名前を与えていく。ネーミングがこれまでになく注目される由縁もそこにある−
例えば右にある雑誌のタイトルづけ。これもひとつのネーミングだ。コピーライターで「ネーミングのプロ」として知られる岩永嘉弘さんは奇しくも『女性自身』の記者出身。ネーミングの妙味に気づいたのも、自身が手がけた記事にタイトルづけをするときだったという。やがて明治製菓の宣伝部を経て独立。商品の名づけでは、家電業界に旋風を吹き起こし、“面白ネーミング”の先駆けとなっ日立の「からまん棒」がある。岩永さんはまた、フリースタッフとして業界を長年見てきた、鋭い評論家でもある。
ITはまだ黎明期
名前にまで成熟をもとめる時期じゃない
まずは、非常に抽象的な名前が並び、今ひとつ実体をつかみにくいIT関連商品については、
「『VAIO』など、明確な意味を持たない。昔の車と同じです。車は今でこそRVとかワンボックスとか種類も増え、名づけ方も柔軟になりつつあるけど、かつてはいわば、走るのが特徴。非常に差別化が難しく、『クラウン』、『プリンス』とイメージ偏重だった。今のデジタル商品もまだ黎明期にあることは違いないし、ネーミングがイメージ偏重で画一的になるのは必然とも言えます。パナソニックのパソコン『ヒト』は確かにレトリックは斬新だけど、斬新さに見合う効果が立ち上がってこない。昔、ソニーが『Hit
Bit』と言う初期パソコンを出したけど、その場合は『人々』とかけて温もりある商品名にしてるんだよね」
さらに、「市場として未成熟なIT分野のネーミングは、次から次への新製品の登場でネーミングが追いつかず、混乱をきたす」と岩永さんは予測する。型番で呼ぶような感覚で記号っぽい名前が通用するようになるのでは−というのだ。
「木村拓也をキムタクと呼ぶがごとく、日本人は何でも短縮型で呼ぼうとする傾向がある。では、最初から愛称的に名前をつけよう。モーニング娘。がモー娘になり、そこからのユニットは最初からプッチモニ、ミニモニというように。それが行きつくと、もう記号ですよね」
飲料・食料・日用品には言葉遊びのネーミングが並ぶ
一方で、そうはならないのが日用品だとも。長文で特性、効能、機能を説明するネーミング「じっくりコトコト煮込んだスープ」系のネーミングなどがやたらと目立つのだ。
「食料や飲料には『ごめんね』とか語りかけネーミングがある。小林製薬のトイレタリー製品『トイレその後に』なんて極端なほど説明的。家電もそう自分が火付け役なんであまりいえないけれど。もともと語呂合わせ洒落は日本人は得意だし、人の心に入りやすい。飲料・食料、日用品が一番、言葉遊びがしやすいのは事実で、そんな傾向ももっともな話です。でも、駄洒落ネーミングに実はメーカー側も飽きている。ということは消費者が先に飽きている状態かもしれませんね」
コンビニでは「呼びかけ名前」。
会話なき空間で話しかける話し言葉の商品群
今の日本経済はかつてない構造不況。そこで需要開拓のために新商品を出さざるを得ない企業の立場があり、名前もまた過剰供給されている観がある。
「どこも望んでるのに定番ヒットが少なく、コンビニなどの影響で新旧の切替も早い。商品の開発スピードは上がり、アイテム数だけはある。しかし、広告にかけられる費用は減る一方。だから、店頭に並べるだけで訴求力のある直球ネーミングが増えていくわけです。パッケージの広告化、名前にキャッチフレーズが組み込まれる理由ですよ。」
岩永さんは、言葉のやり取り不要のコンビニに集う客を「本当は温もりに飢える人々」と感じている。
「商品が話しかけているんですよ。『あ!あれたべよ』とか『ごねんね』なんて実際に口にして、小売店で『ごめんね、ください』とはいいにくいでしょ。コンビニで、店員とは口をきかない前提でネーミングされてるんだ。現在のディスコミュニケーションの反映と私は見ています。メーカーの開発担当に話を聞くと、『いかにコンビニやスーパーに押し込みやすい商品を作るか』が肝心だそうです。大きさも単身者rむけに小振りにしたりね。そうした過剰サービスに名前も寄り添っていると思います。」
岩永さんは、商品とは人々の前を常に行き来する「船のようなもの」という。コンビニはすると現代人の港か。小さな店内に驚くほどのアイテム数。私たちはそこで商品のうねりに押し流され、溺れそうになる。藁をもつかむ思いで頼るのがパッケージに躍る商品名ということだろう。かつてはCMを見、購入商品を決めてから家を出ていた顧客が、今は冷蔵庫感覚でコンビニを覗く。初見の名前が多くとも、
「本当によいネーミングとはそうした心理的距離をものともしない」
と岩永さん。そんなネーミングのロングセラーが今後ありうるかどうか。以外にもそれはコンビニから生まれるかもしれない。